甘恋

 昼休み、三井は自分の席で昼食を広げた。今日の昼飯は家から持参したおにぎりと、購買で買ったパン二つ。デザートはプリンだ。まずはおにぎりの包を開けててっぺんに齧り付いたところ、向かいに座った堀田徳男が、自分の焼きそばパンの袋を破りながら口を開いた。
「三っちゃん、来週のことそろそろ決めねえと」
「来週? 来週って?」
 来週のこと、と云われても心当たりがない三井は尋ねた。
「伊豆辺りにツーリングに行くっていうのは?」
「は? 急になんで? いつ?」
「え、ほら日曜。部活休みなんだろ? ちょうど休みが誕生日とかぶって良かったよ」
「……あ」
「あ……三っちゃん、もしかして忘れ──」
「わ、忘れてねえよ! あれだろ、おまえの誕生日な! どっか出かける約束だったろ! 忘れてねえって、わははちょーどいいよな来週は」
「……もしかして、三っちゃん別の予定とか入ってる?」
 堀田が不審の目で三井を見つめる。
「まさかそんなワケねえじゃんちげえよ! ヨシ、伊豆だ伊豆、伊豆に決定! キンメダイ食うぞ、久し振りだから俺のメットちゃんと磨いとけよな!」
 親指を立てながら、米粒を付けた口できっぱりと、三井は堀田に云い切った。誕生日のことは、完全に、すっかり忘れていた。
(ヤッベーな)
 これは怒られるかもしれない、と三井は心の中で思う。だが、三井が恐れるのは堀田ではなく、もっと面倒な相手だった。

「──と、いうわけなんだよ、ワリィけどおまえと『えのすい』行くのはまた今度な」
 すっかり帰りが遅くなった。帰宅ラッシュもすでに終息し空いた夜道を流川の自転車の後ろに乗って三井は駅へと向かっている。当然のように駅まで送らせるのは三井の後輩使いが荒いせいではなく、流川が年下の恋人であるからだ。この習慣は毎日のこと。
「ソレ、断れねーの?」
 明らかに流川の声は不機嫌だ。きっと表情も不服そうに違いないのは見なくても分かる。あまり怖い顔をされても嫌なので、二ケツ中の顔が見えないこのタイミングでこの話を切り出したのは三井の密かな作戦であった。
「だって徳男には俺の誕生日にけっこう高めの服と靴買って貰って飯も奢らせておまえの誕生日はどこでも付き合ってやるぜ〜、って云っちまったんだよな。なのに今になって『後輩と出かけるからダメ』とか、云えねえだろうが」
 珍しく、日曜日に部活が休みになると聞いたとき、すぐに三井と流川は出かける予定を立てた。たまたま流川の家に割引チケットがあるという話から、地元で一番有名な水族館に行くことになっていたのだった。堀田にも休みの予定は教えたが、知らずに練習を見に来ないようにという配慮だった。まさか彼の誕生日と重なっているとは、三井もまったく予想してはいなかったし、そもそも誕生日のことをうっかり失念していたのだ。この場合、やはり悪いのは自分だと三井は自覚していた。優先度で云えば、去年も一昨年も三井の欲しいプレゼントをすべて買ってくれた堀田の方が、恋人よりも少しばかり上かもしれない。
「なんすかそれ」
「なにそれってなんだよ、しょうがねえだろ」
「そうじゃなくて……付き合ってもいねーのにすげえ貢がせてる」
「だってバイト代入ったから買ってくれるって云い出したのあいつだぜ」
 貢がせてるだなんて人聞きが悪い。向こうからなんでも買ってやると云ってきたのだ。堀田のバイトはちょっとした肉体労働で、彼は結構な高収入を得ているのだった。
「……次からそーいうのはナシね」
「わーかってるよ」
 恋人の流川のことを考慮して、これからはあまり堀田に奢らせないようにしようとは思っている。購買などでも今まで週三でなにかしら奢らせていたが、これからは週に一回くらいにするつもりだ。
「番長に、後輩じゃなくてコイビトとデートするって云ってみたら。そしたら番長でも、フツー、空気読むハズ」
「空気読むとかお前の口から出るか」
 しつこく粘る流川の提案を三井は鼻で笑った。
「今更んなこと云えねえ……大体、付き合ってる奴がいるとか云ったら根掘り葉掘り訊かれて俺が困んだろうが」
 恋人が男だなんて、平穏な高校生活を続けたければ決して友達にも洩らせない。かといって、適当な女の名前を云うわけにもいかない。
「あんた、彼氏より別の男を優先すんの?」
「だーからぁ、今回だけだよ。向こうは誕生日なんだから仕方ねえだろぉ?」
「来週の日曜がそれなんすか?」
「さっきからそー云ってんだろ」
「忘れてたくせにエラソー」
「そうだけどよ〜向こうから云ってきたんだから、もう行くしかねえ」
 今更、やっぱりナシだなんてとても云えない。堀田がガッカリする顔などあまり見たいものではない。
「おまえにだけ、土産買ってくるからさ」
「いらねー」
「怒んなって」
「……てるてる坊主ぜってー逆さに吊るす」
 それは真面目に云ってるのかと、三井は背中を逸らせて大声で笑った。
「きっと、雨が降ると思う。そしたらツーリングやめる?」
「やーめとけって。一応誕生日なんだぜ、ちょっと行ってバイクで観光して飯食って来るだけじゃん」
「……台風呼ぶ」
 子供かよ、と三井は重ねて笑う。それでも、三井がどうしても譲らないことを察したのか、流川の怒りは次第に諦めに変わっていったようだ。これ見よがしの深い溜息なんかを吐いているところが潔い態度とは云い難いが、そこが単純で可愛いくもある。
 忘れていたとはいえ、徳男は三井にとって大事な友達だし、むしろ友達を超えて家族に近い感情を抱いている。今回の件に関しては、流川に我慢してもらうしかない。第一、流川とはこうしていつでも一緒にいられる。
「次に時間ある時はおまえの好きなとこ行くからさ。な?」
 三井は流川の背中に軽く頭をぶつけて甘い声を出した。背中越しでも、流川の態度が一変したのが分かる。
 後輩から向けられる真っ直ぐな愛情は、三井だって単純に嬉しい。面と向かって好きだなどと真面目に口にするのは憚られるし、ただでさえ素直な性格とは云い難い三井だったが、若さ故かあっという間に一線を越えてしまった心にも身体にも、嘘はつけない。
「じゃあホテル」と、流川が即答する。
「別にいいぜ」
 答えると、心なしか自転車のスピードが上がった気がした。ニケツ中で良かった、と三井は心から思う。このにやけた顔を見られたくない。
 ひと気のない路地に差し掛かったので、まだそれほどくたびれていない制服の背中に頭を押し付けてもたれかかる。自分の制服とは違う匂いは堀田や他の誰とも異なって、三井の気持ちを落ち着かせた。

 流川とばったり出くわしたのは、四時間目の体育の後だった。授業で使ったバレーボールのネットを三井が数人の生徒と一緒にだらだらと片づけていたところに、ちょうど流川がやってきた。彼は用具室からバスケットボールをひとつ抱えて出てきた。
「よお。おまえ、昼メシは?」
 制服ではなくいつもの練習着を着ていることから、流川は昼休みをバスケの練習に当てようとしているようだった。
「体育?」
「バレーだった」
「三っちゃんはバレーでもエースなんだぜ」
 ボールカゴを仕舞いに行きかけていた堀田がちょうど通りすがり、自分の事のように自慢げに云う。実際のところ球技は得意なので、三井は胸を張ったが、流川が心なしか不機嫌そうに眉を顰めたので、その肩に腕を回して顔を寄せ、声を潜める。
「なんだよ“バレーでも”って云い方に引っ掛かったのか? うちのエースはおまえだってこと、俺はもういい加減認めやってんだから、怒るなよ」
「……そんなことで怒ったりしねえ」
 そう云いつつも、やっぱり流川はいつも以上の仏頂面でボールをバウンドさせる。
「怒ってるじゃねえか。あ、昼メシ食ってねえからイラついてんのか? 昼どーすんだおまえ」
「昼は四時間目に食べた」
「早弁かよ」
 流川は決して大食漢タイプではないが、朝から部活をやっている高校生が昼を抜くなんて有り得ないことだ。四時間目にすでに食べているのなら話は分かる。
「たまにそーしてる。昼に練習出来るから」
「じゃあ、なに機嫌ワリーんだよ」
 部活以外の時間に校内で偶然会えたことが地味に嬉しい三井とは対照的に、不貞腐れたような顔をしている流川の態度が面白くなくて、三井は絡めていた腕を引いて組む。そこに堀田が戻ってきた。
「三っちゃん、終わった。腹減ったから俺らも早いとこ戻ろうぜ」
「ああ、だな」
 確かに腹は減っている。流川の機嫌が悪いことなんて別に珍しいわけでもないし、と改めて思い直し、堀田に続いてこの場を離れようとした三井だが、突然背後から腕を引かれ、歩き出しかけていた足を止めさせられた。
「先輩」
 振り返ると、腕を掴んだ流川が仏頂面のまま三井を見下ろしている。
「朝のミーティングのことで話あるんすけど」
「え」
「三っちゃーん、行こうぜ」
 先に歩き出していた堀田にも呼ばれ、三井は少しだけ迷った末に堀田の方を向いて口を開く。
「流川と部活のことでちょっと話あんから先行ってろよ」
「じゃあ、席だけとっとくよ。今日は学食だろ?」
「ああ、頼んだ」
 体育館を出る堀田の背中を見送りながら、空腹の三井はじろりと流川を睨む。
「なんだよ、ミーティングの話ってのは」
「ああ。それ、ウソ」
「はあ?」
 みんな教室に戻ってしまい、流川と二人きりになった体育館に、三井の声が反響した。
「来て」
 腕を掴んだ流川が、三井を引っ張っていく。
「おい、ちょ──どこに行くんだよ」
 流川の向かう先には、さっきネットやボールを仕舞ったばかりの用具室があった。理由も分からず勝手をする流川に少しばかり腹が立ち、三井は掴まれた手を振り払おうとした。だが、思いの外、流川が三井を掴んでいる力は強かった。
「おまえなあ、手首いてえよバカ」
 用具室に連れ込まれ、三井はそこでやっと流川の手を振り解くことが出来た。ジャージの袖を大袈裟に擦りながら三井は文句を云ったが、向かい合って立つ流川は少しも反省する様子を見せず、それどころか、まだどこか不貞腐れた顔をしている。
「こんなとこ来てどーすんだよ」
 元々練習をするつもりで体育館に来たはずなのだろうに、流川は持っていたボールを放ってカゴの中に戻した。そうして、顎を上げて三井を見下ろした。
「してほしい」
「なにを?」
「埋め合わせ」
「埋め合わせぇ? なんの?」
「番長を優先することの」
「げ、まだ云ってんのかよぉ?」
 約束を変更して堀田の誕生日を優先することは、数日前にきちんと話をして納得させたはずだ。三井の中では完全に終わった話だった。
「納得してただろうが」
 呆れた思いで、三井は流川を見上げる。
「許そうと思ったけど、やっぱ毎日七時間くれーしか眠れねえほど腹立ってる」
「……オイ、充分なんじゃ──」
「さっきだって、番長があんたと仲良いとこ見せつけようとしてきたからまたムカムカした」
「はああ? バレーでエースだって云ってただけだろうが」
「これ見よがしにメシも一緒に食うって」
「そりゃあ、いつものことだし」
「……なんか匂わせっぽかった」
「あれのどこがだ、あれの」
 そんな素振りは一切なかっただろ、と三井は断言するが、流川はさらさらの直毛を揺らしながら首を横に振る。
「先輩が埋め合わせしてくれたら、ちゃんと寝れるようになると思う」
「この間約束したろ、おまえの行きたいとこ行くつっただろうが、もう忘れたのか? ホテル……行くんだろ? やっぱ行かねえの?」
「行くに決まってる」
 体育館に見学に来る女子生徒たちは流川のことをストイックだなんだと囁いてはしゃいでいるが、三井の知っている流川はすぐに三井を独占しようとする幼稚な部分も見せるし、欲望にも正直だった。
「じゃあいいだろ」
「でも、足りねえ。埋め合わせの、前借りして欲しい」
「前借りぃ? んなこと云われても──」
 どうすりゃいいんだ、と三井は頭を悩ませるが、正面から腰に腕を回され抱きすくめられて、身体がしなる。流川の低い声が「して」と耳元で煽るので、前借りの具体的な内容を三井はようやく察した。


 使い古されたマットの上で、柔らかな舌に口腔内を嬲られながら、三井は流川の腰に腕を回して目を瞑っていた。「して」と云ったあと、嫌だとは云わなかった三井を連れて流川は奥へ行き、三井をマットに座らせてキスをしながらジャージの胸を開いた。
 学校の中で、というシチュエーションがそうさせるものか、いつも以上に良からぬことをしている気分に浸りながら、三井は流川が挿し入れてくる舌に自分のそれを絡ませた。時々は退いて奥へと誘い込んだ舌に甘く吸われる度に淫靡な水音が立ち、頭の中は靄がかかったように現実から遠のいていった。
「──っん、ハァ……」
 三井の理性は少しずつ引き剥がされ没入していき、二人きりの薄汚れた用具室は不届きな空間へと変わった。キスの合間に盗み見た流川の表情は部活の時とはまた別の熱意を隠しきれずにいて、自分だけが得ることが出来る流川のそういった一面はいっそう興奮を煽る。
 散々戯れ合った流川の唇が首元に降り、耳の下へと移動する。吐息でくすぐられるのがたまらなくて、三井は仰け反るように身を捩った。気持ち良さとくすぐったさが紙一重の感覚をやり過ごしながら「人来ねえ?」と、この戯れが誰かに見られてしまう不安を漏らす。こんなところを見られたら、云い訳は絶対に通用しないだろう。
「この時間よく練習してるけど、人が来ることなんてねーから大丈夫」
 ジャージの内側で、Tシャツの上から三井の身体を探る流川が答える。早弁の常習者であるという告白ともいえた。だが大丈夫という軽い言葉はとても信用出来るものではなく、三井は軽い愛撫を受け入れながら「ホントかよ?」と返す。スイッチが入ってしまった男の本能なんて三井だって理解している。とにかくヤリたくて適当云ってるだけなんじゃ……と、どうしたって思わずにいられない状況だ。
「ホント。すげーたまに、どあほうが来ることならあったけど」
「ああ、そんなら、まあ……その心配だけはないよな」
 どあほうこと桜木花道は入院中だ。退院は再来週の頭に決まったとキャプテン宮城から知らせがあった。
「……ナンカ、どあほうの話すんと萎える」
「くくっ……バカ。笑わせんな」
 笑うことで力が抜け、三井はマットの上で簡単に流川に押し倒された。そのまま圧し掛かってきた流川は啄むように何度も三井の首筋にキスを落とし、その手はシャツの内側に入り込んで皮膚を這う。ボールばかり持っていて油分の少ないかさついた指に乳首を弄られ、近頃少しずつ覚え始めたそこを攻められる気持ち良さに、三井は小さく息を吐く。流川の指や舌によって齎される快感は、もっと大きな波を欲する引き金となって、少しは堪えたいと耐える三井の意志を嗤うように、身体は鋭敏に刺激を求め始める。
 腰が浮き、下も触れよと強請りかけて、三井は不意に我に返る。自分に圧し掛かる身体に腕を回し、柔道技のようにそのまま身体を捻って、三井は流川をマットに押し付けた。驚いたように流川が目を丸くする。
「……して欲しいんだろ?」
 形勢逆転の体勢で、三井は流川の捲れたTシャツの中に手を挿し入れた。腹の上に滑らせると、ごくん、と流川が唾液を飲み下し、反発するように腹に力が入った。引き締まった筋肉の表面が熱い。
 時間もないし、昼メシもまだだし、どうせこんなところでセックスは出来ない、と思いながら三井は面倒な順序を省き、流川の膝に跨って、練習着の上からでもそうと分かる一番硬い部分に手を這わせた。『前借りの埋め合わせ』が流川の要求だ。
「萎えたって? ウソつきめ」
 萎えるどころか自分を相手に流川がしっかりと発情したままなことに機嫌を良くし、三井は流川の黒いバスパンの裾をたくし上げて中に手を入れた。欲望を体現する流川の屹立をインナーの上から包み込み、流川の表情が期待と緊張に揺れるのを確かめながら生地の表面を擦る。無口なはずの後輩の顔色が気持ちの変化を隠しきれていないことが興味深く可愛く思え、三井は顔のニヤつきを抑えられないまま、いっぱいまで勃起した流川の陰茎をずらしたインナーから掴み出した。
「ヤベーなコレ」
 流川の顔を見ながら扱き、頃合いを見てバスパンの裾からも露出させる。手で握っただけの本体と露出させた本体では、その生々しさとインパクトは段違いだった。これを受け入れる身になれよなと思いながら、三井は流川に跨ったまま身体を屈め、躊躇うことなくその先端を口に含んだ。
 息を漏らす流川の表情を上目遣いに窺い、唾液を含ませて先だけ咥えながら、敏感な神経が詰まったクビレの裏側を舌で刺激する。
「っ──先輩、スゲー……」
 ペニスの胴体を指で支え、自分がされたら絶対に気持ちの良い部分を入念に、決して痛くはないよう優しく舐めてやると、流川がたまらないという顔をする。見慣れた練習着を着たまま備品のマットの上に横たわり、目を細めて快楽に身を委ねる非日常的な流川の姿が三井を興奮させて、口技には一段と熱が入った。
「ソコ──ヤベェ」
「イイか?」
 頷いた流川が上半身を起こし、三井の髪の隙間に指を指し入れてくる。不器用に髪を撫でつける手付きは思いのほか優しくて心地好かった。卑猥な技術が上手くなることをヨシヨシと褒められているかのようで、それはそれで、バスケットで褒められるのとは違った妙な喜びも沸く。
 もっといい顔をさせてみたいと、三井はクビレや先端で遊びながら本体を手で扱いて流川の様子を窺う。声が漏れるのを堪えているようだが、次の刺激を求めていることは隠しきれていないペニスは透明な液を滲ませ、三井の手の中で硬さを増していく。流川の欲望の象徴を、三井は溜まった唾液で滑らせるように喉奥まで口に含んだ。唇と舌を押しつけながら歯が当たらないように上下させて、わざと淫らな音を立てる。整った顔を歪ませる恋人の様子を観察しながら、速度を変えて膨張した肉塊を刺激し続ける。
 やがて喉の奥を汚した白濁液を、三井は迷いなく飲み下し、後から漏れ出た分も丁寧に舐めとった。
 白い顔を放心させて昇りつめた余韻に浸っている後輩は、いつの間にか三井の左手を握っていた。可愛い振る舞いにいっそう達成感を覚えて、三井は流川の唇に軽いキスを落とし、声を落として「なぁ、よかったか?」と囁いた。流川が素直に頷く。
「……先輩て、なんでそんな口ですんの上手いんすか」
「人聞きワリィこと云うな」
 誰の為だよ、と三井は憤慨する。流川が気持ち良さそうにしている表情を見逃さないよう丁寧に行っただけのことで、決して慣れているわけではないのだ。
 納得したのかどうか、流川が「先輩のも見たい」と云って押し倒そうとしてくるのを三井は躱し、辞退する。もう半分も残っていない昼休憩を、いかがわしい行為でこれ以上潰すわけにはいかない。身体の変化の方は、時間が経てばすぐに治まるはずだから問題はない。
「俺、戻んねえと。前借りはもう全部使い果たしたから、今度のホテルはナシでもいいよな?」
 心にもない台詞で三井が揶揄うと、夢から覚めたような顔で「ダメ」と云った流川に抱き締められた。
「ウソだって。とりあえず、埋め合わせはこれでもういいよな」
 頷く流川にニッと笑顔を作ってやると、なにを極まったのか、頭を引き寄せられて流川が額に気障なキスをしてくる。
「バーカ。もう行くぜ俺、腹減ったぁ」
 照れ隠しに憎まれ口を叩き、乱れたジャージを直しながら三井は流川と用具室を出た。出た途端、ちょうど戻ってきた堀田が体育館に入ってきて、食べる時間無くなるよ三っちゃん、とおせっかいを焼く。
「一応、三っちゃん今日はから揚げ定食の気分かと思って勝手に頼んどいた」
「おお、サンキュ! やっぱ部活ある日に体育もあると、肉一択だよな。さすが徳男」
「三っちゃんの好みは全部分かってるぜ」
 気が利く堀田に喜んだ三井だが、澱んだ空気を察知して振り返る。するとそこには、仏頂面を極めた流川が立っていた。
「……やっぱ、雨降らす」
 またしても苛立ちを復活させたのか、流川が低い声でぽつりと呟いた。
「なんだあ? 今日は一日降らねえぞ?」
 意味を取り違えて反応する堀田に、三井はなんでもねえよと慌てて誤魔化す。
「てるてる坊主、ぜってー吊るす。あと、先輩のから揚げ俺も食う」
 青くなる三井と、その腕を引いて体育館を出ようとする流川を、堀田が首を傾げながら追いかけた。

おわり
★ちょこっと一言