頭を叩かれて目が覚めた。それと同時に「起きろ」と云われた気がしたので流川は突っ伏していた机から頭を起こした。このクラスに、自分をそんなふうに起こす人間はいない。寝起きの頭でも、誰が自分を起こしたのか流川はすぐに理解した。
「なあジャージ貸して。次の次、体育なんだよ。忘れちまった」
「……いいすよ」
机の横に立って自分を見下ろす三井を見上げながら流川は答えた。彼は部活の先輩で、それ以上の関係ではないが、複雑な感情を流川は抱いている。
三井は妙に存在感があり人目を引くので、教室内にどことなくざわざわと落ち着かない空気が満ちているのを流川は感じた。席を立って、二人で廊下に向かう。
自分のロッカーから濃紺色のジャージを取り出して、流川は三井の前に立った。
「わりーな」
悪いなんて少しも思ってなさそうな三井が手を伸ばしてジャージを掴み、自分の元へ引き寄せようとした。だが、流川も手を放さなかった。ひとつのジャージを二人で掴むことになって、三井が怪訝な顔をする。
「なんだよ、放せよ」
放す気はなかった。廊下の隅で三井と見つめ合い、流川は目を細めて笑った。
「俺に会いに来た?」
声を小さくして、三井に問いかける。
「はあ? なに云って……さっさと貸せ」
焦ったように、三井が素早く周囲に目を配った。人目が気になるのはこの男の性分なのだろう。
数人の生徒が廊下のあちこちで休み時間を堪能しているが、特に注目されてはいないはずだ。
力づくで奪うことにしたのか、三井がぐいぐいと人のジャージを引っ張るので、流川は一歩足を進めて彼に近寄った。ぎりぎり不審には思われない程度に距離感は保っている。
「答えなきゃ貸さねー。会いに来た?」
「ば……バカ云うな」
三井がジャージを引っ張り、流川はそれを阻止する。二人の間で動かないジャージは、なんだか今の二人の関係そのものだ。いい加減、この均衡を崩したいと流川は思っている。
「ちゃんと答えて。俺に会いに来たんだろ?」
わざわざ三年の教室からここまでジャージを借りに来る必要なんてない。同じ階には赤木だって木暮だっているのだ。なのに三井はそうしない。
これは自惚れではないと、流川は確信している。
「……もしも、俺がそうだって云ったら、どうするんだよ?」
まだ、素直とは云い難い。だが、しっかりと流川の目を見ながら三井が問い返してきた。即否定しないことに、大きな意味がある。
「そしたら、俺もあんたも変わる」
「たとえば、具体的にはどうなるんだよ?」
「今日からいつも一緒に帰る。他の奴はいれねー。休みの日はどっか行く。バスケもするけどそれ以外もする」
「バカじゃねえの」
そう云いながら、三井は笑った。
答えはもうわかっているが、流川はどうしても三井の口から答えを聞きたかった。
「俺に会いに来た?」
「……そうだよ。おまえに会いに来た」
流川は力を抜いた。
ジャージは三井の腕の中に収まった。
ツイッターで最初UPしたものです。
流川ジャージを着ているとクラスメイトが冗談で「おい流川〜」って話しかけてくるので、結婚して苗字変わったみたいな気分に浸り、三井先輩はひそかに嬉しいと思う。