青空会議

「こんな大事なこと忘れるなんて、ありえないよね」
「ホントひどいよねー」
「うちの先生たちってさ、そういうのいい加減なんだよね」
「生徒があんなに頑張ってんのにねー」
「っていうか差別されてるんじゃない?」
「えっ可哀想すぎるぅ」
「もう逆にさ、思い切り可愛くしてあげたい。目立つように」
「いいねー」
 少し離れたテーブルで飛び交う、女子生徒たちのよく分からない会話。腹が満たされたからか、練習の後で疲れているせいか、いつもならば不快に思うような甲高い声も流川の眠気を誘う要因にしかならない。くっついた瞼はもう、よほどのことがない限り持ち上がることはない。
「ココにイラストも入れよーよ。あたしクマ描きたいな」
「クマ関係なくない?」
「なんでもいいじゃん、目立つし」
「だねー」
「あ、そっちのシャーペン取ってくれる?」
「はーい」
「ねえ『祝』ってさ、アニの上に点々いる?」
「は?」
「ねえ、とにかく可愛くしよ。ポップな感じに」
「可哀想だもんね〜」
「ねー」
 一人の女子が作業の手を止め、隣の仲間に顔を寄せる。
「ねえ見て、ヤバイ……寝顔」
「やめて声デカい、起きちゃうでしょ」
 興奮気味に話す友達を、相手は声を潜めて嗜める。
 流川の意識はすでに深みに落ちかけていたので、最後の会話だけは耳に届かなかった。

*

 インターハイ出場が決まったバスケ部は、いつもと変わらぬ部活漬けの毎日を送っていた。日曜日の今日は昼を挟んで午後も練習がある。弁当を作る時間がないからと母親に五百円玉を渡されていた流川は、各々が体育館の比較的涼しいスペースやギャラリーに上がって弁当を広げる中、一人で学食に向かった。食堂は休みだが、パンや菓子の入っている自販機が設置されている。売れ残っていたパンを購入し、流川は学食のテーブルで一人モソモソとそれを食べた。話しかけて邪魔をしてくるうるさい先輩も同級生もいないため自然と早食いになり、三つのパンを完食するのには三分もかからず、食後は寝心地の良い大きなテーブルに突っ伏した。どこの部か検討もつかない数人の女子生徒が一つのテーブルを占領してやたら楽しげになにかを描いたり塗ったりしている様子を横目に見ながら、徐々に流川の瞼は重たくなっていき、明らかにこちらに向けられたくすくすと笑う声も転寝を堪える抑止力とはならなかった。
 そうして気持ちよく食後の睡眠を満喫していたら「流川、流川」と呼ぶ声に起こされた。近頃流川の睡眠を邪魔するのはいつも石井だ。ウルセー眠れん、と思いつつ無視していつまでも心地好さに執着していたら「三井先輩が呼んでるってよ」と云われてしっかり目が覚めた。頭の中の透明度が一息に上がり、突っ伏していた机から顔を上げると「早く起きろキツネ」と背後からイスを蹴られ、こんな呼び方をする奴は一人しかいないのでムッとして振り返れば赤い頭の自分よりデカい男が案の定見下ろしている。
「……こいつは先輩じゃねえ、ただのどあほうだ」
 三井なんて居やしない。そばに立って居たのは桜木と石井だけで、流川は不機嫌を隠せなかった。椅子を蹴られたせいでもあるが、三井という名前に一瞬浮ついた自分が馬鹿だと思えて自分自身に腹が立ったせいでもある。
「へっ、おまえはただのキツネのくせに!」
「うるせーサル」
 桜木のこめかみに血管が浮いたが、流川は無視してわざと欠伸をした。
「てんめえ……上等だ! オモテに出やがれ!」
「やなこった」
「逃げんのか、この──」
「あ〜もう、落ち着こうよ! みんな見てるから……!」
 慌てた様子で石井が割って入った。さっき和気藹々と作業をしていた人数からいつの間にか倍に増えている女子たちが、遠巻きにこちらを見ながら口元を押さえている。
 桜木と流川の子供っぽい口喧嘩は、石井が赤面するくらい注目を浴びていた。
「……もういい、寝直す」
 なにもかも面倒になり流川は再び机に突っ伏したが、即座に石井が慌て出す。
「二度寝!? 待って起きて!」
「これからミーティングだぞ! いい加減に起きやがれこの眠りギツネ!」
「……ミーティング?」
 桜木から発せられた意外な言葉に反応して流川は顔を上げた。壁にかかった時計を見れば、まだ休憩時間内だ。昼休憩にミーティングなんて普段はしない。
「臨時のな。キンキューのやつだってよ」
「キンキューノヤツ?」
 寝起きなので言葉がいまいち漢字に変換出来ない。
「なんかね、急にミーティングやることになったんだってさ。三井さんがレギュラーだけ集めてるらしいよ。俺らは呼ばれてないから……。ええっと、屋上に集合なんだよね?」
 なんでも察しの良い石井が口を挟み、桜木に向って念を押すように訊いた。すると桜木はそーだ! と高らかに叫んだ。
「早くしないと、おまえのせいで気が短いミッチーになんだかんだと文句を云われるだろうが! さっさと目を開けてシャキっとしろ!」
 目はすでに開いていたのに失礼なことを云われたが、面倒なので流川は怒らなかった。ようやく回り始めた頭で大体の事情も理解した。これからミーティングがあって、自分も呼ばれているらしい。おそらく、桜木は三井に使いに出されたのだと思う。そして、流川の居場所を尋ねた桜木を石井がわざわざ案内して来たのだろうなと推察した。流川は、石井にだけは食堂に行くと伝えておいたのだ。
 犬猿の仲といってもいい桜木を流川の元へ寄越してくるなんて三井らしいなと流川は思う。桜木と一緒に行動するのは不愉快だし不本意だが、呼び出しを無視するわけにはいかない。
 仕方なく、不安そうに見守る石井と別れて流川は桜木と共に学食を出た。どちらともなく先を争うように早足になる。歩きながら、流川は気になっていたことを尋ねた。
「オイ。なんで屋上?」
「ああ?」
 お互いに前を見据えて決して相手は見ないまま、競って階段を上がる。
「屋上でミーティングなんかするワケねー」
「ぬ……そおいえばそうか……?」
 今に至るまで少しも疑問に思わなかったらしい桜木に、流川は舌打ちする。こうなってくると、この話自体なんだか怪しい気がしてきた。
「ホントに先輩が呼んでんのか」
「ウソじゃねえホントだ! リョーちんも居る。二人して俺のトコに来て……おまえも探して連れてこいって」
 上級生二人が自分たちを待ち構えている姿を流川は想像した。イヤな予感しかしない。溜息が漏れる。
「キャプテンも一緒に居たか?」
「いや、ゴリとメガネ君には内緒のミーティングだとミッチーが云ってたぞ」
「……んなの怪しすぎんだろ」
 内緒のミーティングなんて言葉にするだけでも胡散臭いし、やる意図も不明だ。
「そーか? でもミッチーはスゴク真面目な顔してたぞ。なにかわからんが、あれは本当にミーティングの顔だな」
 ミーティングの顔、というものがどんなものだか流川には見当もつかないが、とりあえず想像だけはしてみた。真面目な顔、と必要以上に意識したせいか、いつだかに見た泣き出す寸前の三井の顔が脳裏に浮かび、流川は眉をひそめる。
「……答えんなってねえ。わざわざ屋上でやる理由になんねーし」
 流川が頭の中で想像した三井の姿なんて桜木には絶対に伝わらないのだが、なにかバツの悪い気持ちを誤魔化すように、流川は冷たい声で云った。
「だからそれは、ゴリたちに内緒だからだろ!」
「なら部室とか空き教室でもいーだろーが」
 わざわざ屋上に上がるなんて手間がかかりすぎる。
「それはだな……細かいことはわからん!」
 踊り場を最短距離で通過しながら、流川は再びハアと溜息を吐く。
「使えねー使いすんな、どあほう」
「なんだとう! そんなギモンを持つようなヒマなんかなかったんだぞ、おめーがあんなトコで寝てやがるから、探すのに苦労してそれどころじゃなかったんだ!」
「もういい。サルは使えねーから、本人に訊く」
 流川は桜木よりも一歩先に最上部へ到着し、屋上への扉を開けた。
 そこでは、凸凹コンビが二人を待っていた。

 朝から三井は不機嫌だった。
 今朝、長年使っていた目覚まし時計が鳴らなかったせいで寝坊した。ふと目が覚めた時に見た時計の針は夜中の二時過ぎで止まっていた。すでに窓の外は明るく、とっくにタイマーが切れたエアコンのせいで身体が汗ばむほどに部屋の中も蒸していた。気温の上昇具合から見て、起床するはずの時刻はとっくに過ぎていることを瞬間的に察して、三井は飛び起きた。
 電池切れなのだろうが、それを調べる時間もないまま慌てて歯を磨き、普段の三倍速で朝の準備を済ませた。仕事が休みの父親はおそらく早朝からゴルフですでに不在だった。母親も朝からどこかへ出かけた後らしく、家には自分以外誰もいなかった。起こしてくれてもいいだろうがと恨めしく思いながら冷蔵庫に入っていた自分用の弁当をスポーツバッグに放り込み走って駅へ向かったが、その時点ですでに部活が始まる寸前の時刻だった。電車に揺られて運ばれている間に諦めもつき、最寄り駅に着いてからはゆっくり歩いて学校へ向かった。そうして完全なる遅刻をした三井は、キャプテンの赤木に軽く注意された後に途中から部活に参加した。
 とは云え、三井が朝から不機嫌になったのは部活に間に合わなかったせいではなかった。そもそも今日は監督の安西も不在なのだ。それを考えれば、遅刻くらいは大したことじゃない。赤木に遅刻を注意されるくらい、三井としてはどうということもないのである。
 三井が機嫌を損ねた要因は、もっと別のことにあった。学校に着くなり目に飛び込んできた光景が彼にとって一線を越えていて、許せないものだったのだ。その光景を見た時はあまりの衝撃に立ち竦み、「なんだよあれ……」と一人で呟いてしまったほどだ。
 部活に加わってからもその光景は頭から離れず、三井は悶々とする心をどうにかコントロールしながら必死でバスケをした。昼休憩に入ってからは宮城と二人で昼飯を食べながら今朝見た光景についての愚痴をこぼし、「そんなの気付かなかったすよ」と呑気なことを云う宮城に激怒した三井は、ついに行動を起こすことにした。
 日差しはきついけれど良い風が吹く屋上で辛抱強く待っていると、ようやく開かれた扉の向こうに流川が立っていた。目が合うと彼は眩しそうに目を眇めたが、スペースを取り合うように桜木が横から顔を出し、やはり争うように二人は身体をぶつけ合いながらこちらに足早にやってくる。
 磁石の同極のように反発し合うくせに、ときどき抜群のコンビネーションを見せる後輩たちは、見ようによっては喧嘩の時さえ気が合っているなとひそかに三井は思うが、どうせ二人は絶対にそれを認めないし、ここは真面目な話し合いの場にしたいので、からかったり茶化したりすることは控えた。
「遅かったな。どこに居たんだよ流川は」
「このヤローは食堂で寝てやがったんだ!」
 怒りと呆れが同居した声で、桜木が叫んだ。
「食堂? なんで一人であんなとこいんだよ」
 部活の合間の休憩にわざわざ行く場所でもない。
「今日、弁当ねーから、パン買いに」
 流川が答えた。
「へえー、珍しいじゃん、流川いっつも弁当なのにな」
 宮城の云う通り、流川はいつも立派な手作り弁当派だ。ごはんもおかずもかなりいろいろ詰まっていて、見るからに美味そうな弁当を持ってくる。
「時間ねーって親が作ってくんなかった」
 意外な答えが返ってきたので、三井は眉をひそめる。
「んだよ、そういうことはもっと早く云え」
 普段が豪華なだけに、弁当ナシは気の毒に思えた。日に日に厳しくなる練習の最中にパンだけでは流川は物足りないだろう。
「今日、俺の弁当に嫌がらせレベルで嫌いなもんやたら入ってたから、おまえに半分くらいやったのによ。まったく」
 三井の母親はときどき息子の好みを忘れて嫌いなおかずを隙間埋めに入れてくることがある。食べ残しを持って帰るのが嫌なので三井は無理して毎回飲み込んでいるのだが、味わってはいない。
「今度弁当ない時は、教えろよ」
 三井の申し出に流川は少し驚いたようで、心持ち目を丸くしている。返事はないが、たぶん差し出せばこの後輩はなんでも食べそうな気がした。
「えー、それってあからさまに流川に嫌いなもん片付けさせたいだけなんじゃ……」
「ちげーだろ? 俺の優しさだろーが」
「都合いいすよね〜」
「唐揚げとかも一個くれーはやるって!」
「でも嫌いなもんがメインなんだよね?」
「そうやって好き嫌いはいかんぞ、ミッチー。でもまあ、俺なら嫌いなものがないから、残ったものを任せてくれても構わんぞ別に」
 桜木が、物好きにも嫌いなおかず処理係に立候補した。三井としては異存はない。
「んじゃ今度から頼むわ」
「ひっこんでろどあほう」
「痛ってぇ!」
 顔を顰めた流川に桜木が尻を蹴られている。
「なにすんだコラァ!」
「てめーが云われたワケでもねーのにエラソーだからだ、どあほう」
「んだとぉ! よくも蹴りやがったな」
「さっきそっちもやっただろーが」
「あれは椅子だ椅子!」
「それが?」
「この──」
「ちょぉ、やめろって」
 至近距離まで顔を近づけて睨み合う後輩たちの間に、宮城が割り入った。
「もー、おまえらちょっと一緒にいるとすぐコレだな」
「習性だろ、もはや」
「だってこのキツネが」
「はいはい雑談終わり! 三井サンから話あんだってよ、聴け」
 宮城が強引に話を締めると、睨み合っていた後輩たちはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 桜木が腰に手を当ててこちらに向き直る。
「キツネの話よりかずっとイイからミッチーの話をきーてやる。結局なんなんだ? ゴリたち抜きで、わざわざこんなところで」
 真面目な話し合いをするつもりが、すっかり話が逸れてしまっていた。三人から一斉に視線を浴びて、三井は顔の筋肉を引き締める。
「あー、じゃあ、こっからミーティングな。えーっと……まずさ、おまえら今日登校したときアレ見たか? 見たよな?」
「アレ?」
 桜木が訊く。
「アレ……?」
 流川も訊く。
「アレだよ、アレ。校舎にさ、なげーのが提げてあったろーが。垂れ幕だよ、垂れ幕」
「垂れ幕ぅ?」
 後輩たちは記憶を辿るように中空を見上げて腕を組んだ。眉を顰めて首を傾げているので、たぶん分かっていない。
「んだよ、おまえらもか。なんでアレが見えてねえんだよ。昨日まであんなのなかったろ。見てみろよ」
 三井は屋上をぐるりと囲んだフェンスの前に立ち、下を覗き込むように身を乗り出した。一年生コンビにも分かるようにフェンスの下を指差す。そうして真上から見下ろすと、ビニール製の厚布で作られた懸垂幕が校舎に掲げられているのがちょうど真下に見えるのだ。桜木と流川は両側から三井を挟むようにして脇から身を乗り出し、それぞれが下を覗き込む。
「……垂れ幕って、コレすか?」
「コレがなんなんだ、ミッチー」
 同じような動作で下を見下ろしながら、二人同時に口を開いた。
 三井はそれに答える。
「うちの野球部の甲子園出場がおととい決まったろ? そんで、たった二日で、もうこんな立派な垂れ幕が校舎に吊るしてあんだよ。どー思うよこれ? おまえらも、おかしいって思うだろ?」
「と、云われても上からじゃあよく見えんぞ。コレにはなんて書いてあるんだ?」
 困ったように桜木が云う。彼の云う通り、上から覗き込んでも垂直すぎて印字されている面は見えない。三井としては、当然すでに二人が朝の時点で目にしているものと思っていた。おかげで、なかなかすんなりと話が進まない。
「『祝・甲子園出場! 湘北高等学校野球部』みたいなやつだよ」
 今朝見た光景を思い出しながら三井は答えた。
「ほう……朝はぜんぜん気付かなかったぞ。っていうか、うちの野球部は甲子園に出るのか? あの有名な? ホントか?」
「そう。え、そっから説明いんのかよ?」
「俺もこれ目に入らなかったんだけどさァ、見てないって云ったら三井サンにすっげえ怒られたんだぜ。別に怒んなくても良いんじゃねえすかね?」
「だって見てねえはずねえもん。こんな目立つもんは、イヤでも目に入るだろーが」
「俺らに関係ないから記憶にないんだよね、たぶん。なあ、流川だって見てないんだろ?」
「……チャリだから。あんま上とか見ねえ」
 気づかなかった言い訳を各自が順番に語り出した。
「俺もだ! 前向き桜木と昔から呼ばれているぞ。わりとな。前しか見てないから、見えてなくても仕方ねえ!」
「これは下までだーっと垂れてんだぞ。前向いてれば見えんだよ」
 懸垂幕は縦長で二階のベランダまで届くほどの長さがあり、普通に歩いていれば遠くからでも目に入るはずだ。きちんと業者に依頼したそれなりの製作費がかかっていると推察出来る代物で、文字も大きくて読み易く、綺麗に仕上がっている。
「まったくよー、こんな立派なもんがあったのに揃いも揃って気付かねえとか……大丈夫かよ、おまえら三人とも」
 桜木たちと同レベルの宮城をついでに責めると、それを遮るように宮城が口を開く。
「しょーがないでしょ、朝はぼーっとしてんだもん。暑かったし」
「俺が学校着いた時はもっと暑かったんだぞ!」
「それは遅刻したのが悪いんでしょーが!」
「そうだ、ミッチー遅刻したな。オヤジが来ないからって気が乗らないから寝坊したんだろう、はっは」
 力加減の下手くそな桜木に笑いながら背中をバンバン叩かれ、三井は憤慨した。確かに寝坊だが、今そんなことはどうでもいいのだ。この垂れ幕の存在を知ったというのに少しも気にする様子がない三人に対してさらなる怒りが湧いて来た。
「ちょっと待て! んなことはどうでもいーんだよ。おまえらさあ、コレ見てもなんとも思わねえの?」
「ちゃんと見えねえ。地上から見ねーと無理」
 流川が上からもう一度大きく身を乗り出して下を覗き込んだが、やはり文字は読み取れないらしい。
「見た目の感想とかじゃねえよ! そこはどうでもいいんだって。俺が云いたいのは、この屈辱的な差別についてだ!」
「サベツ……?」
「そーだよ、差別だろ。なんで俺らにはコレがねえんだよ?」
「コレって?」
「だからあ、こういう垂れ幕。祝、インターハイ初出場湘北バスケ部! ってやつだよ! 俺ら作って貰ってねえだろうが!」
「……あ」
「……ぬあっ!?」
「そうだ。やっとわかったか」
 三井の主張がようやく通じたらしく、後輩たちは驚いたように目を見開いた。
 つまり三井がみんなで語り合いたかったのはこの差別問題についてだ。バスケ部の懸垂幕がいまだに作られていない、という由々しき事態に疑問を呈したいのである。
 先日、バスケ部は野球部よりも先にインターハイ出場を決めた。
 それは湘北高校バスケット部が初めて手に入れた大舞台の切符だった。まさかインターハイに出られるなんて学校側はほとんど期待していなかったはずだ。出場が決まった時は、結構な一大事にみんなが浮かれていた。バスケ部の父母会は飲み屋で宴会を開いたし、学校の全校集会では簡単な壮行会も行われた。そして校舎二階の一番広い窓に学校のプリンターで作成されたポスターが貼られた。『湘北高等学校男子バスケット部、インターハイ初出場おめでとう!』 とそこには印字されている。今もそれは校舎の外から見て取れるが、所詮は学校のプリンター作成である。字は小さいし、あっという間に日焼けして文字の色がだんだんと抜けてきた。紙の端っこなんかはガムテープ止めである。今日から掲げられた野球部の立派な垂れ幕と比べたら、出来には天と地ほどの開きがある。
「な、なんでだ? なんでウチの部にはこーいうデッカイ垂れ幕作ってくれねえんだリョーちん!」
「えっ、知らねえけどさあ……まあ、確かに差別は差別かな、これは」
「インターハイは甲子園よりも下ってことなのか!?」
「な? そう思っちまうだろ? 俺、これ見た時は怒りに震えたわ。おまえどう思うよ流川?」
 話をしているだけでも、朝と同じ憤りが再び込み上げてくる。三井は、表情のあまり変わっていない流川にも尋ねた。
「……えこ贔屓」
「だろー!? な? 俺、間違ってねえよな?」
 温度差のあったみんながやっと自分に同調してくれたので、三井は心から安堵した。こういう会話がしたかったのだ。
「うちのも一応貼ってあるっちゃあるけどよお、比べるとしょぼいだろあれ」
「そうそう、二階のポスターでしょ。まあ確かに、比べちまうと明らかに差があるよね」
「ガムテだって剥がれかけてんだぜ、あれ。なんで誰も直さねんだよ」
「野球部のコレは業者に発注したんだろーね。すげえ金かかってるんじゃない?」
「だろ?」
「……差があるのはよくねー」
 流川がぽつりと云う。
「そういうことだよ、やっと通じたよおまえらに」
 意思の疎通がようやく思うように図れて、三井は泣きそうになった。
「俺はサベツなんてものは断固として許さんぞ!」
 桜木がぎゅっと拳を握りしめ、三井は頷いた。
 野球部もバスケ部も、初めての全国だ。同じ成果を上げている。平等な扱いでどちらも喜んでくれたらそれで良かったのに、金のかけ具合があからさまに違うことに対して三井は怒りが湧いて仕方がないのである。
「そもそも、なんで今年に限ってうちの野球部は甲子園決まったんだよ。奇跡だろあれ」
「あー……それはまあ、思うよね」
「ぬ? 野球部の奴らが悪いのか?」
「あ、違う違う、悪いっつうわけじゃなくてな……まあ、とにかくタイミングがちょっとばかり、ねえ」
「いや、野球部が空気読まねえのが間違いなく悪いだろ」
 ずっと思っていたことを三井はきっぱりと口にしてやった。実際そうなのだ。今年、甲子園なんかとは無縁なはずの湘北高等学校野球部は頑張った。頑張りすぎて、バスケ部の初インターハイがすっかり霞むほど目立ってしまったのである。地元の野球部が甲子園に行けるかどうかは地元住民にも活気を呼んだ。バスケと違って野球は日本では人気のスポーツであるし、なんと云ってもテレビ放送がある。地方大会でひとつ勝ち進む度に地元住民は盛り上がり、甲子園の出場が決まる前から商店街では湘北高校野球部応援セールが始まっていた。野球部員は駅前の肉屋のコロッケがタダで毎日食べられるという羨ましい噂話も耳にした。住民同士の会話も、テレビ神奈川でがっつり中継されていた予選大会の話題で持ち切りだったと聞く。OBや地元民から野球部へは多くの寄付が寄せられ、学校の関心もすっかり野球部一色になった。
「まあ一般人は、甲子園出れるなんてすごい、ってみんな単純に思うんすよね……やっぱ。テレビの影響力ってやつかなぁ」
「だな……」
 高校野球の地方大会は民放でも放送されているし、甲子園に至ってはNHKで連日放送される。バスケは放送されてもせいぜいケーブルテレビやCS放送だ。決勝までいってようやく民放での放送があるが、よほど興味を持っている人間じゃないと目にする機会はないに等しい。認知度も違えば待遇も違うし、湘北高校では吹奏楽部も応援団も野球部の応援には行くらしいが、バスケ部の応援は私設応援団と流川FCがメインだ。最初はバスケ部のインターハイ出場を喜んでくれた学校も近隣住民も、野球部の甲子園出場という異例の出来事の前に舞い上がり浮かれきっている。すっかり霞んだバスケ部の初インターハイ出場がないがしろにされているようで、垂れ幕を見た当初から今に至るまでとにかく怒り心頭だった三井だが、こうしてみんなで話をしている内に怒りを通り越して、なんだか悲しくなってきた。
「……ちくしょう……顔面偏差値ではゼッタイ俺らが勝ってんのに」
「三井サン……それはもちろん俺もそう思うけど、なんかそれ虚しいって」
「うるせ」
 呆れた口調で宮城に嗜められたが、もはやそれくらいしか野球部にぶっちぎりで優っている部分が思いつかない。こっちには流川がいて、奴がひとりいるだけで見た目の良さ平均値はぐんと高くなる。
「なあ、なんだかシケたこと云ってるな。根性だって俺らは誰にも負けてねーぞ、ミッチー」
 傷ついている三井の心を宥めるように、桜木が穏やかな声を出す。肩にそっと置かれた手まで優しい。
「……そうだな」
 はからずも桜木に慰められ、三井はしんみりと頷く。
「練習量も」
 流川がボソリと低い声で付け加えた。呟きついでに何故かまた桜木のケツを蹴ろうとしたようだが、察した桜木にひらりとかわされている。
 野球部だってかなりの練習をしたのだろうが、こっちも地獄の練習を積んでいるのだ。負けている気はしない。
「確かに勝ってるよな。それも」
 三井は、流川にもしっかりと頷いて見せる。
「もー……そんなん云うなら、マネージャーのレベルもウチのがかなり上だよ?」
 宮城が駄目押しをした。
「……おう。もちろん監督のレベルもだ。こう考えると、だいぶいろいろ勝ってんじゃん俺ら」
 勝手に比較して、勝手に完全勝利を収めた。それぐらいしか、これ以上自尊心を低下させない方法が見つからない。桜木と流川の喧嘩くらいレベルが低いが、もはやそんなことは問題ではなかった。
「で……このまま?」
「あ?」
 少しは気が晴れたが、一瞬出来た沈黙を打ち破って、流川が三井に問いかけた。
「このまま、黙ってサベツを受け入れるんすか?」
「バーカ。それで済むならおまえら呼んでねえ」
「え、俺らってこれからどうすんの? そろそろ戻んねえと休憩終わりそうっすよ」
 宮城が現実的なことを云う。
「いーよ、もしそーなっても、赤木の文句は俺が引き受けっから。それより……このままなんもなしで引き下がれねえだろ」
「じゃあ、どーするんだミッチー。学校に文句云えばいいのか? 洋平呼んでくれば一発で──」
「バカヤロウ、あいつシャレんなんないだろうが! これ以上あいつら停学だのってなったらどうすんだ。文句云ってもどうせ教師が謝ってくるわけねえしな」
「じゃあどうするんだ?」
「報復だよ、報復。方法はいろいろ考えたんだけどさ、俺らでこの垂れ幕を、こっそり燃やしてやろうかな、とか……」
「はあっ!? ダメダメダメ、ソレダメぜったいダメ」
「……過激すぎ」
「火事になるぞ!」
「分かってら。まあ、さすがに俺もそれはマズイかなって思い直して……だからさ、この垂れ幕を引き上げてどっかに隠しちまおうかと。数日間な」
「ちょっと、あんたそれマジで云ってる? 燃やさなくても結構ひどくない?」
 宮城に思い切り冷たい声で非難されて、三井はむくれた。
「だって許せねえだろーが! どんだけ全国出んのが大変だと思ってんだよ。甲子園だけがそんなにエライのか? みんなして急に手の平返しやがって……俺らにはコロッケもねえし」
「コロッケ……!」
「そーだよ。野球部はタダでコロッケ貪ってんだぞ。それ考えてみろって」
 三井にしてみれば、学校や近隣の住人には軽く裏切られたという感じだ。インターハイ出場だって学校としては充分誇りになるはずだし、バスケ部だって部活帰りに商店街でいつも買い食いをしているというのに、野球部だけをちやほやして優遇するなんて納得がいかない。別にコロッケが特別好きなわけではないが、これは気持ちの問題なのだ。心を踏み躙られたような苦々しさを感じている。
 もとより、手の平返しや裏切り行為には人より少し過敏に反応してしまう三井だ。
「確かにまあ……三井サンの云う通り贔屓は贔屓だから、腹は立つっすよ」
 コロッケ効果か、宮城が同調する。
「だろ?」
「……不平等はよくねー」
 流川も加わった。
「確かにズルいぞ野球部ばっかりコロッケやらハムカツやら! こんな立派なもんまで!」
 桜木はフェンスから身を乗り出して、懸垂幕を見下ろしながら吠えた。
「そうだろ? よし、やっぱ燃やすか。それか、カッターでズタズタに再起不能にしてワルモノ見参って落書きしてからもっかい吊るす、だな」
 怒りのゲージが再び上がり、三井は更に過激な発想に走った。
 さすが血の気の多い後輩たちだなと三井は頼もしく思う。このために赤木と木暮に内緒のミーティングを開いたのだ。二人に云ったらどうせ駄目だと云って怒るに決まっているが、宮城や桜木たちなら反応が違うはずと信じていた。
「──あれ? なあなあ、ミッチー」
 フェンスに身を乗り出してへばりついていた桜木が三井を呼ぶ。
「んだよ」
「この野球部の垂れ幕なんだが、上から引っ張り上げんのは無理だぞ、たぶん」
 桜木が振り向いた。
「ああ? なんでだよ」
「屋上からだいぶ下の方にあるから下巻きかもしれん。金属のフレームの中に垂れ幕が括りつけてあるぞ。たぶんだけど、上からじゃなくて下から上げ下げするもんじゃねえか? ウインチとかでよ」
「え、マジで? ってか、ウインチってなんだよ」
 知らない単語を聞いて、三井の眉間にシワが刻まれる。コイツは桜木の癖に、一体なにを云い出したのか。
「巻き上げたりする機械だぞ」
「花道、詳しいな」
「専門用語……」
「いや、実を云うと俺はちょっとだけ看板印刷屋で修行したことがあるからな。最初は、中学卒業したら就職するつもりだったんだ」
「ええっ、ウソ?」
 桜木花道の謎の経歴に、全員驚きを隠せない。
「いや、結局進学したから無駄になったんだが。短い期間だぞ」
「へーっ、それでもすげえじゃん」
 部員たちはおそらく誰も知らなかった事実だ。桜木が看板屋に就職していたらバスケもやっていないだろう。最近起きた歴史がいろいろと覆ってしまうような話だったが、桜木はあっさりしていた。
「だからな、俺が思うに、幕の回収作業するならここじゃなくて下に行かねえと」
 詳しい人間が一人でもいるというのはなんて心強いのだろう。桜木が本当に天才に見えてきた。
「おし! 桜木、おまえ頼んだぞ。んじゃあみんなで下行ってぇ──」
「ねえ、三井サン……ちょっといい?」
 せっかく盛り上がった勢いを宮城が削ぐ。彼はハーフパンツのポケットに手を突っ込んで、眉尻を下げた妙に幼い顔をして、三井を見上げている。
「なんだよ、止めんのか」
 三井は顔を顰める。
「うん、まあ止めようって思ってるわけじゃねえんだけどさ……うちの野球部のエースなんだけど……クラスは違うんだけど、実は俺と中学が一緒だったんだよね」
 そういえば野球部のエースは二年の奴だったなと三井も思い返す。厳つい顔の、坊主頭。眉がやたらと太くて、身長190センチ越えの長身ピッチャーだ。野球部がここまで勝ち上がることが出来たのは彼のおかげであることは、誰もが認めるところだ。
「ああ? 仲良かったとか今更云うなよ?」
「別に仲良くしてたわけじゃねえんすけど、あいつらも毎朝早くから出てきて練習してるよなあ、って今思ってさ。夜も、遅くまで練習してるよね。帰りの電車一緒になったりすんし」
「おい……カンケーねえだろ、やめろ」
「そういえば、中学ん時から甲子園が夢とか云ってたっけな。良いトコにスカウトされるほどじゃなかったから湘北に来たんだろうけど、まさか夢叶えるとはね。公立のうちの野球部に誰も期待なんかしてなかっただろうけどさ、そういう奴らを見返してやるって思いながら、相当努力したんだろーなァ」
「……おま……そーいうこと、云う?」
 そこまで云っておいて「止めようと思ってるわけじゃない」なんて大嘘もいいところだ。宮城は明らかに三井の良心を揺さぶりにきている。
 確かに、公立の学校にとって甲子園は遠くにある夢のステージだ。部員たちの苦労や喜びは、同じような経験をした三井にだって手に取るようにわかる。
「なんだリョーちん、野球部はうちの部と似てるってことか!」
「そうそう。ハングリー精神だけはどこにも負けねえって。環境に恵まれてる有名校よりか絶対逞しいよね。周りがどう騒ごうと、野球部員は俺らと同じじゃねえの? 根性でここまで勝ち上がって来たんだよ。なあ、流川もそう思うだろ?」
 流川が、小さく頷いて同意した。
 バスケ部と野球部に、結局大きな違いはない。
 そんなことは、まあ三井だって分かっていたのだけれど。
「だからね、あいつら、垂れ幕見た時きっとすげえ嬉しかったろうなあって、俺、思っちまったんですよ」
 宮城が駄目押しをした。
 そんな垂れ幕を隠すやら燃やすやらとても出来ることじゃない、と宮城は云いたいのだろう。
 今日も、野球部は朝から練習している。蝉の声に混じって、ボールを打つ音やいつもの掛け声が体育館まで聞こえてきていた。三井だってそれを聞きながら練習をした。その声にさえ腹が立ったのだが、きっと彼らがこの垂れ幕を見てますます気合いの入った練習をしただろうことは簡単に想像出来る。
「……云うなっつうの」
 顔を顰めて、三井は唸った。青い空を見上げて、深く息を吐く。
「……大人になれよ、ミッチー」
「……てめー、木暮の真似したろ、いま!」
 過去の黒歴史の記憶を脳の奥から引っ張り出された三井は、バレたと云って逃げようとした桜木のシャツを掴んで押さえ込み、すかさず適当な柔道技をかけた。
「かわいくねえなコラ!」
 腕を締めつつ、足にも技をかける。桜木が「ぐわっ」と間の抜けた声を出す。
「も〜ガキの喧嘩かよ」
 呆れた様子で二人を見つめる宮城だが、止めに入るわけではない。流川に至っては、思い切りこれ見よがしの溜息を吐いている。
「ねえ、俺らと野球部は似てんだから味方んなってやろうよ三井サン。あいつらは、なにも悪くねえっすよ。学校に抗議くらいはしたい気持ちあるけど、垂れ幕を隠すなんてひでえこと出来ねえもん」
「うるせえ、分かってるよ! 本気でやるかよバーカ」
 苦しいと云って大袈裟にぎゃあぎゃあ喚く桜木の首に腕をかけながら三井は答えた。後輩に諭されるまでもなく、頭ではよく理解している。
 本気で腹を立ててはいた。だが、実際にやるかと云ったらそれはまた別の話だ。
 それでも、一度はこの憤りをきちんと昇華させてやらないと収まりがつかなかったのだから仕方がない。
 一人で考え込んでいる時は、なかなかそれが上手くいかず、簡単に矛先を収めることは難しい。
 煮詰まった怒りや収まりのつかない心を持て余した時は、仲間と分かち合う。それが一番間違いのない方法だと、三井は身に沁みて知っている。事実、こうして皆で騒いでいたら、なんだかもう胸の奥をもやもやと濁らせていた憤りは軽く息を吹きかけただけで霧散しそうなほどに薄れている。
「冗談に聞こえないんすよね〜、三井サンの場合。本気でヤバいことやりそうじゃん。前科持ちだし」
「うるせ。それは、おまえの観察が足りねえの。ちゃんといろいろ考えてんだよ俺だって」
「なんだ、本気じゃなかったのかミッチー」
 三井に首を抑えこまれた姿勢のまま、桜木が笑う。
「……まあ、四十パーくらいは本気だったけどな」
 云いながら三井は飽きた玩具を手放すようにあっさりと桜木の身体を解放した。顔を上げると、向かいに立って大人しくこちらに注目していた流川と視線が合い、数秒見つめ合った末に先にふいっと逸らされた。なにか云いたげで含みを感じたが、流川は口を閉ざしている。
「三井サン怒るかもしんないけどさあ、実は俺、甲子園ちょっと楽しみにしてるんすよね」
 宮城がにやりと笑う。
「……んなこと云うならよ、俺だって甲子園は見るぜ」
「え? 見んの?」
 当然だろ、と三井は頷いた。
「垂れ幕には怒ってっけど、それはそれだろーが。自分とこが甲子園出んだぞ、見るだろそりゃ」
 どうせ出るのなら甲子園で少しでも勝ち進んで貰いたいと思っている。予選大会だって三井は録画予約をして見ていたのだ。
「なんだよもう! じゃあ燃やすとか過激なこと云い出すことないでしょーが。三井サンてホントめんどくせえ性格してんすよね〜」
「うるせーなあ、いいだろもう、喋ってたらようやく少しはスッキリしたんだからよ。垂れ幕のことは赤木に抗議させようぜ」
「あっ! そーだ、ヤベー、とっくに休憩終わってんだよもう!」
「そろそろ探しに来るよな」
「グーで殴りかかってくるかもしれんぞゴリは」
 四人で顔を見合わせて、マックスまで怒った赤木を各々が想像した。三井は完全に動物園のゴリラを思い浮かべた。
 その後はもう言葉は要らず、全員同時に出入り口に向かって走り出した。

*

 三井たちがばたばたと階段を走り下りて二階に差し掛かった時、下から上がってくる数人の女子生徒とすれ違った。彼女たちは数人がかりで大きな模造紙やガムテープを運んでいる。模造紙にはカラフルな色使いのクマのイラストが描かれていて『祝★三年五組 青田龍彦選手 柔道個人インターハイ出場おめでとう!』と可愛らしい文字で書かれているのだが、誰も気がつかなかった。

おわり
★ちょこっと一言
上には上がいたという話…